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科学裁判の未来像 原発訴訟を通して


 毎日新聞が9月17日から「この国と原発:第2部 司法の限界」と題する特集を連載している。この連載では、原発の安全性を巡る過去の訴訟を担当した元裁判官たちの赤裸々な声がつづられている。

 元来、裁判官は判決以外にコメントしないのが通例で、退官した後も、現役時代の具体的な事件についてコメントするのは異例である。それだけに、36人の元裁判官に取材を依頼し、10人がこれに応じたというのは驚くべきことだ。

 取材に応じた一人である木原幹郎弁護士が「理系のスタッフがいるわけでもなく、(審理は)とにかく難しかった」と述べたのをはじめ、他の5人も「高度に専門的な訴訟で大変苦労した」と吐露している。実際、原子力発電所の安全性をめぐる訴訟で必要とされる知識はとても専門的だ。高校の科目でいう物理・化学・生物・地学の全領域、さらにその最先端の知見が議論されるほか、法曹が高校までの教育ではほとんど目にすることのない高度に工学的な知識までもが要求される。

 当初、原子力発電所の安全性は、国を相手に設置許可処分の取消を求めるという行政訴訟の形で提訴されることが多かった。先例となった伊方原発の最高裁判決は、原子力発電所の安全性は、第一次的には行政が判断すべきもので、司法は、行政がした判断のための手続きを審査するものとした。

 しかし、原告たちは行政の判断にこそ不服があることが多い。毎日新聞の特集記事で、首藤重幸早稲田大大学院法務研究科教授(原子力行政法)は「本質的な問題は、設置を決める行政手続きに反対意見が反映されない仕組みにある」と述べている。だから、原発をめぐる訴訟は、手続き審査にとどまるとされた行政訴訟から、民事訴訟の差し止め訴訟へと形を変えて争われるようになった。

 極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見を裁判でどう取り扱えばいいのか。しかも、科学技術に基づいた未来を予測しなければならない科学裁判なんて、「司法」の限界を超えるという見解もあろう。しかし、科学や技術の専門家を多数抱えているわけではない司法でも、工夫次第では未来を予測する科学を扱える可能性があるのではないかと筆者はずっと考えている。

 その一つが、名古屋高裁金沢支部でなされた川崎和雄裁判長の訴訟指揮に見られるような方法だ。連載記事によると、川崎裁判長は、通常の口頭弁論とは別に原告と被告を集めた「勉強会」を開催したという。原告も被告も関係なく、裁判所も含めてみんなで科学裁判の基礎となる知識について議論しようという取り組みは、時折科学技術をめぐる集団訴訟でみられる。そうすることで、原告と被告がにらみ合って裁判を戦うだけでは得ることのできない解決が得られる可能性が開けることがある。

 実際、オーストラリアのニューサウスウェールズ州では、土地環境裁判所や州最高裁判所などで、「コンカレント・エビデンス」という方法が採用されている。複数の専門家が互いに意見をぶつけあって一つのレポートをまとめあげ、彼らが法廷に集まって、裁判官の指揮のもとで証言するという方法だ(日本でも、医療・建築訴訟の場面では、これと類似するカンファレンス鑑定という方法が採用されている)。

 最大の利点は、不確実な科学的問題について、専門家の「相場観」が素人にもわかりやすくなることだろうと思われる。複数の専門家の対等な議論を聞くことで、どこまでがその分野でコンセンサスを得られているかが素人にもわかりやすくなる。専門家集団で答えが常に一致するわけではなく、科学技術には様々な不確実な要素が内在しているということも理解できる。これは、専門家と素人が相対して議論していては、なかなかわかりにくいことだ。

 科学技術の不確実性を整理したところで、法の出番がやってくる。科学技術で答えることのできない「価値判断」は、政治や行政裁量でもできるだろうが、司法もまた、現行法の解釈適用を通じて、一つの解を与えることができると思うからだ。

 しかし、現在の司法制度は、科学技術の知見と不確実性を適切に扱うようには運用されていないように思われる。そのため、事故が起こってから、被害が現実のものとなってからしか、裁判所の姿勢は変わらない。

 その好例が、浜岡原発訴訟控訴審の東京高裁だ。毎日新聞によれば、2010年4月の口頭弁論では、「原発が安全か否かを直接判断する審理方法は相当ではない」と述べた岡久幸治裁判長は、東日本大震災後、2011年7月6日の口頭弁論では、「安全性が立証できなければ、(原発)は止めるということが当たり前」と発言したとされる。

 法と証拠だけに基づいて裁判をしているのなら、東日本大震災の発生により、このように裁判官の態度が急変するはずがない。司法は、法と証拠に閉じているのではなく、現実には、判決の具体的妥当性、社会的影響性を考慮している。つまり、広く社会に開いていると見るべきではないか。

 科学技術という公共性のある問題を取り扱うときは、古色蒼然とした裁判の形式にこだわることなく、裁判の関係者が適切にコミュニケーションできるような場があった方がよい。それを可能にする新たな制度設計が求められている。

中村多美子

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